死の瞬間。

今、此処に只管に死に向かう独りの戦士がいる。
彼は勇敢だった。
生まれてからの65年間彼は只管死との戦いに明け暮れた。
寝る間も惜しみ戦った。
否・・・寝ている最中すら戦っていたのだ。
然し、もう直ぐ其の決着が付く。
何時だってどんな時だって死は人間より勝るのだ。
でも、ヤツ直ぐに殺したりはしない。
競り合いを続け最後に勝つ。
究極のサディストだ。
                                     
戦士の精神は疲れ果て其れでも生に執着して離れない。
死ぬという事に恐れは無い筈だった。
現に彼は死を恐れない為に沢山の本を読んだし
沢山の人間に愛される訓練を積んで来た。
そして、自分の存在を肯定的承認をしてくれる人生の伴侶まで持った。
準備は万端だ。
悔いは無い筈だった。
然し、如何も違う。
彼が思い描いていた物とは違うのだ。
違和感が或る。
物の本に書いてあった事とは違う。
自分の生涯に、今迄戦って来た事の無意味さ
未だ出来たであろう沢山の物事へ対する後悔。
いや・・・ドレも違う。
其れは只の言い訳だ此処迄戦って来て遂に負けを認める事への言い訳だ。
そう。
彼は只、只管に死が怖かった。
物の本に書いてある事は全て戦っている最中の人間の気晴らし
創造で書いたもので現実味を帯びていない
極めて精巧に出来たフィクションだ。
          
そう気付いた瞬間彼は後悔と恐怖で身動きが取れなくなってしまった。
秋に舞う枯葉の如く僅かな可能性すら生に執着する故後悔となり
自分の体に舞い散り呼吸を奪って行く
嗚呼!苦しい!
私は死ぬのか!何故私は死ぬのか!
私が死んで良い筈が無い。
彼は必死に抵抗をした。
体のアリトアラユル筋肉が悲鳴を上げるまで。
其の腕が動かなくなるまで。
其の足が動かなくなるまで。
其の頭が動かなくなるまで。
次第に薄れ逝く意識を恨みながら・・・。