死と云う現象を解剖してみると
其処には解放が存在する
自分に認識出来るのは其の位だ
然し其の解放は様々な副産物を齎すだろう
肉体に寄与している様々なものからの解放も
死は同時に意味をするのだから
空腹
寒気
人間関係
頭痛
精神丈は独立するだろう
精神を生理作用の一環だと
其処に位置付けるのなら
其れすらも解放するだろうが
自分には其処は独立している様に実感する
其う信じていたいと思うのかも知れない
其うでなければ死を認識出来ず
死ぬ意味が無くなって仕舞うからだ