上等。

今日は母校の卒業式だった。
嗚呼、僕は今高校を卒業してから早1年が過ぎたのだな。
と、実感させられる。
高校生活を終え。
今の大学生活は其れなりに充実し満足もしている。
昔に比べれば僕と言う人間も少しは上等な物になったかもしれない。
少なくとも哲学的思考は前よりも良くはなったと思う。
だが、だからといって人間として上等な物になったか?
とは言い切れない。
人間として上等になると言う言葉の真意を僕は知らない。
大まかに言えば。
僕が使う言葉全ての真意を僕は知らない。
全ては僕の感覚で
独断と偏見に満ちている。
だから、僕は自分を表現する時に戸惑う。
今のように人間として上等な物になった。
と言うが、其の人間として上等な物になったとはどういうことなのだろうか?
僕は、此の様に考えた結果
人間として上等になったと言う言葉を用いた。
人間として上等になったとは
思考能力が理論的且つ論理的で
物事を少しでも客観視しようと試みる行為が出来る様になった。
若しくは其の諸行為が前にも増して向上した。
そう云う意味で今回用いた。
勿論、此の日記を御覧になっている諸君の
人間として上等になった
の意味の違いはあるだろう。
其処は僕の独断と偏見で勘弁して欲しい。
何故なら、此の日記は僕の独断と偏見で出来ているものだからだ。
所謂、此の日記は僕の頭脳内の思考能力の溢れ溜まった容器みたいな物だ。