何者。

私はパッタリと立ち止った。
賑やかな往来を見た。
不思議そうな目付きや顔付きで
私を振り返って行く人々を見廻した。
高い高い広告塔の絶頂で
グルグルグルグル廻り出した光の渦巻を見上げた。
其の上に横たわる鮮肉の様な夕映の雲を凝視した。
……けれども……。
……けれども……。
……よく考えてみると
私は未だ其の中から
私の過去の記憶の一片だも
思い出していないのであった
――私は何者――という解答を
自分自身に与える事が出来ない。
憐れな健忘症の状態に止まっているのであった。
私は今朝彼の七号室で眼を開いた時と少しも変らない
依然としてタッタ一人で宇宙間を浮游する
悲しい
淋しい
無名の一微塵に過ぎないのであった。
……私は何者?……。