闇に眼を凝らして自分は死んでいると感じる事は気持ち良い。

経験は不平等だと思わないだろうか
彼の時に彼の様にして置けば良かったと思ったりする
詰まりは後悔をしていたりする
然し、思考は確かに若干の後悔を含むが
此れは現実的に判断に起因する
即ち行動に直結する思考の後悔であって
其れは純粋な思考とは云い難いと常々思っている
詰まり思考に後悔は出来ないのではないか
行動に移す事が出来る勇気や覚悟が無くても
机上の空論と云う喩えが有る様に
思考する事は平等で公平で公正で
後悔も起こさない
其れに起因する事は一理有るのだけれども
日記と云うのに行動を書き示す事が
僕の場合余り存在しない
行動は不公平で有ると云う事の他に
行動自体には現象以外に何も持ち合わせないからだ
唯、其うなのであって
其れは人生や恋愛と同じで
(恋愛も人生の集合で容易く括れるのだが)
其れ以上も其れ以下も無い
唯の現象に過ぎない
現象の観察丈では
データの羅列に過ぎずに
何の面白みも感じられない
ファクターも統一されていないのに
無差別で降らない
要は其処で何を感じ何を考えたかが必要なのだと思う
其れに経験を伴わなくても
思考は続くし
過去の思考が新たな突破口にも成る
袋小路に追い詰められると
信じられるものは経験よりも理論なのだと思うし
経験程曖昧であり言語化出来ないものは無い